仲田の森遺産発見PJ以前
日野は中央線と京王線、国道20号線の通る便利な場所ということもあり、多摩の中でもいち早く市街地の開発が行われた地域である。高度経済成長期以降急激に人口が増え、牧歌的な風景の残っていた畑や水田が区画整理され、住宅地や工場へと造成されてきた。高校を卒業するまで日野で育ったが、その後の25年の間でも当時の状況が思い出せない程風景が変わってしまった場所も珍しくなく、その変化は現在でも続いている。
本来街並は白紙の状態からできあがるものではなく、元々あった地域の風景に新しい建物が入り込み、入れ子になって街並が継続され、徐々に変化していくものである。だからこそ時を経ても、その街の雰囲気が残るのである。しかしながら多摩の開発の速度は、街の継続を許さない早さで進み、その結果、今日のような新しい街並ができあがった。言わば風景をリセットしつつ開発を行っていると言っても過言ではない。街を見守ってきた古い建物がどんどん姿を消しつつあり、街並の断絶が起こってしまっている。そのような危機感から、一昔前のランドマーク的な存在だった戦前の洋風建築を紹介する活動を、たましん地域文化財団の季刊誌「多摩のあゆみ」で2004年から続けている。
「ひのアートフェスティバル」が仲田の森(旧蚕糸試験場跡地)の古い蔵を会場にして開催されていると聞き、見に行ったのが2006年の夏のことだ。昭和初期に建てられた大規模な洋風建築が日野にあったことに正直驚いた。それ以来、鬱蒼と茂った森に佇む廃屋(桑ハウス:旧蚕糸試験場第1蚕室)に魅せられてしまった。ひのアートフェスティバルの展示会場として使われていたが、それ以外の時は、鍵で閉ざされ、雑物を保管する倉庫として使われているだけだった。このような貴重な近代遺産がただ放置され、朽ち果てるのを待っている状態はもったいない、この建物の魅力を知ってもらいたいと強く思った。
2007年は「多摩のあゆみ」で桑ハウスを紹介する機会を得た(建物雑想記 128号)。この取材が縁で2007年からひのアートフェスティバルに参加し、桑ハウスの中で建物の魅力を紹介するパネル展示を行った。しかしながら、廃屋同然の建物の物語を語っても、一般の人の心を動かすことは難しかった。せっかくアートフェスティバルに参加しているのだからアートを通して、この場所の素晴らしさを伝えることはできないだろうか…。悩んでいた時に法政大学エコ地域デザイン研究所の長野浩子さんと出会い、法政大学デザイン工学部陣内研究室、永瀬研究室、自然体験広場の緑を愛する会と一緒に仲田の森の歴史的な価値や魅力を伝えることを目的とした仲田の森遺産発見プロジェクトを2009年立ち上げることができた。
仲田の森遺産発見PJ-2009
2009年は仲田の森に現存する旧蚕糸試験場の遺構(コンクリートの基礎群、桑ハウス:旧第1蚕室、カッパハウス:旧第6蚕室)に注目し、ここに蚕糸試験場があったことを知るアート企画(基礎の遺構をロウソクで照らす光のインスタレーション、廃墟ツアー、シンポジウム)を行なった。この年は場所の記憶を取り戻す、過去と現在を繋げる企画だった。
仲田の森遺産発見PJ-2010
2010年の夏から仲田の森の一部で、ふれあいホールの建設が始まった。ホールと周辺の森は2013年に開催される東京国体に合わせて整備されることになっていた。この年は旧蚕糸試験場の建物として唯一残っている桑ハウス(旧第1蚕室)で参加型のアート企画を実施した。長い間放置され、物置と化した空間を整理し、漆喰とフローリングを磨くだけで、昭和初期という時代の魅力が現在でも体感できること、そして空間の利活用の可能性を表現した。2010年は廃墟と思われていた桑ハウスに光を当て、現在から未来へ時間軸を方向付けする企画であった。
仲田の森遺産発見PJ-2011
そして2011年は過去2年間の活動を踏まえ、桑ハウスが昭和初期という近代の魅力の詰った「生きた場所」であることを体感する企画「Live 桑ハウス」を行った。この年は仲田の森で活動しているNPO法人子どもへのまなざし、地元のミュージシャンMARKAさんを交え、日野市民を巻き込んだ企画となった。漆喰と障子の内装に西欧の様式建築を感じさせる「モダン蚕室」と言われた桑ハウスの美しさが蘇り、ギターの弾き語り、そして喫茶が提供された。アートフェスティバルの2日間に皆の予想を超えた上質な時が流れたのは、記憶に新しい。この建物が単なる廃屋ではなく、これからも活用できるポテンシャルの高い建築であることを来場者に伝える企画となった。
仲田の森遺産発見プロジェクトはこの場所の魅力を発掘し、ホコリを落して磨きあげ、新たな息吹を吹き込む活動だったと思う。2012年3月初旬、仲田の森を覆っていたフェンスは撤去され「仲田公園」へと整備された。そしてこれからは桑ハウスがネットフェンスで覆われ立ち入りができなくなる。桑ハウスの立ち位置は以前にも増して厳しい状況になるが、プロジェクトを通して、この場の素晴らしさを多くの人々が感じ取ってくれたと確信している。そして将来この建物が近代化遺産の一つとして再生され、利活用されることを願っている。
■仲田の森遺産発見PJ 2010年〜 は以下のリンクをご覧ください。
・仲田の森遺産発見PJ:FaceBookPage
■仲田の森遺産発見PJ in ひのアートフェスティバル 参加メンバー(順不同 敬称略、所属は当時のもの)
■仲田の森遺産発見PJ-2009
佐伯直俊、佐藤扶由夫:自然体験広場の緑を愛する会
根岸博之、上村耕平:法政大学大学院
三本諭里、越前彰仁、鶴見秀俊、仲原千晶:法政大学
成岡絵美、佐藤和貴子、幾島野枝、嶋田有紀子:法政大学
大川正明、森田敦子:神楽坂建築塾
長野浩子:法政大学エコ地域デザイン研究所
酒井哲、太田陽子:TownFactory一級建築士事務所
■仲田の森遺産発見PJ-2010
佐伯直俊:自然体験広場の緑を愛する会
福田玄:中野区立北中野中学校
上村耕平、氏家健太郎、大前光央、西岡郁乃:法政大学大学院
大高彩乃:東京学芸大学大学院
篠井満夫、大野翼、古地友美:法政大学
永瀬克己:法政大学デザイン工学部建築学科教授
長野浩子:法政大学エコ地域デザイン研究所
酒井哲、太田陽子:TownFactory一級建築士事務所
■仲田の森遺産発見PJ-2011
玉腰多恵子:自然体験広場の緑を愛する会
MARKA:Vocal
志水英子、馬場明子、渡邊健太郎:NPO法人子どもへのまなざし
柳元太郎:日野市教育センター
篠井満夫、大前光央、三橋慶侑:法政大学大学院
足岡翼、臼井健人、須永拓也、吉田琢磨:法政大学
永瀬克己:法政大学デザイン工学部建築学科教授
長野浩子、石渡雄士:法政大学エコ地域デザイン研究所
酒井哲、太田陽子:TownFactory一級建築士事務所
仲田の森遺産発見PJ 2009〜2011
- 2012.02.01