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「第一蚕室(桑ハウス)」旧蚕糸試験場日野桑園 日野市

  • 建物雑想記
  • 2007.11.01
建物雑想記 桑ハウス
「ひのアートフェステバル」が空き家になった古い蔵を会場にして開催されているとの話を聞き、見に行ったのが去年の夏。それ以来、鬱蒼と茂った林の中に突如として現れる存在感のあるボロ屋にすっかり魅せられてしまった。このコラムで取材をしたいと思い機会をうかがっていたが、建物は夏限定の風物詩のように利用されており、建物の建っている敷地が開放される今年の夏まで再会することができなかった。

夏の間は敷地の一部が日野市の「自然体験広場」として使われており、子供達の格好の遊び場となっている。この建物も壊れかけた状態が非日常的な体験のできる場所として人気がある。しかしながらこのボロ屋は単なる廃屋として見過ごしてしまうにはあまりにももったいない建築物なのである。

ここは昔、農林省の蚕糸試験場日野桑園だった時代の第一蚕室と呼ばれていた建物で、日本が「富国強兵」、「殖産興業」、「文明開化」というスローガンの基に邁進していた時代の終盤に建てられた建物である。蚕室としての役目を終え、空き家になっても自然に同化されまいと、最後の力を振り絞って抵抗しているような凛々しさがこの建物にはある。
建物雑想記 桑ハウス外観
第一蚕室が建てられた建築年月日は定かではないが、昭和3年に蚕糸試験場日野桑園が開園され、昭和8年以降の蚕糸に関する研究データが残っていることから昭和3年から8年の間に建てられたと推測できる。当時生糸は日本の重要な輸出品目の一つで、生糸の品質を向上させることは一大国家プロジェクトであった。第一蚕室は日本の蚕業の将来を託された重要な研究施設だったのである。廃屋になっても「品格」があるのは、そのような建物としてデザインされ、当時の高い「技術」で建てられたからではないだろうか。

杉並にあった蚕糸試験場の本所は昭和55年のつくばへの移転の後、建物は解体整備され、現在は「蚕糸の森公園」として開放されている。日野桑園は閉鎖後、一部の施設が解体されたものの、第一蚕室と第六蚕室はそのままの状態で放置され現在に至っている。日野市に残っている桑園の建物は当時の様子を伝える数少ない遺構なのである。貴重な産業遺産と言えよう。

ここで第一蚕室の魅力を建築的に追ってみよう。

建物の構造は一階を鉄筋コンクリート造、二階部分が木造で造られている混構造建築となっている。鉄筋コンクリート造は関東大震災以降に普及した構造で、当時としては最先端の技術である。二階が木造なのは、二階を軽くして一階部分に大きな無柱空間を確保するためと思われる。二階部分は基本的には伝統的な木造軸組構造ながらも小屋組(屋根を支える構造)にはトラス構造が採用されており、やはり大空間を確保する工夫がされている。正面入り口上部の陸屋根(平屋根)は鉄筋コンクリート造ならではのデザインである。
建物雑想記 桑ハウストラス
桑ハウス小屋裏
二階の木造部分の小屋組は「トラス構造」と呼ばれる西欧式の構法によって組み立てられている。上の図は二階を梁間(短辺)方向で切った断面図で、楕円で囲まれた梁と束、斜材で構成された三角形の部分がトラス構造である。特に棟木の下に大きな束が立つものを「キングポストトラス」と言う。トラス構造を用いることによって、小さな梁でも大きな空間が構成できるようになる。

内部を飾る洋風な意匠。これは和風ではないと言った方がいいかもしれないが、明治維新以降の産業建築におけるステイタスデザインである。この建物に於ける洋風要素として特筆すべき部分は一階漆喰塗り部分の美しい繰形だ。左の図は一階のコンクリートの柱と梁の図で、出隅や天井との取り合い部分の彫り込みの装飾を繰形(モールディング)と呼び、なんとローマ建築の流れを継ぐデザインなのである。ローマ建築を構成する六大繰形の内の二種類(カヴェットとオヴォロ)をこの建物で確認する事ができる。洋風に見える所以がここにあると言えよう。
建物雑想記 桑ハウス繰形
桑ハウス内部
柱の出隅の面取りに関しては固有の名称を調べる事ができなかったが、この仕事も日本の伝統的な左官工事には見られない仕様で、洋風に見せるために左官職人が工夫した部分と見ることができるだろう。

その他の特徴としては、縦長の窓のポロポーション(現在は窓が壊れてなくなってしまっているが、上げ下げ窓が付いていたと窓枠から推測できる)や鱗葺きの屋根なども洋風要素として挙げられる。蚕室部分には深い庇や、引違いの窓など伝統的な和風要素も見られ、和洋の良い分を組み合わせた建物でもある。

蚕室の間取りは埼玉県児玉町の競進社規範蚕室(明治27年)によく似ているが、コンクリートとトラスを用いた構造だけあり、こちらの方が規模が大きい。蚕室にはスチーム式の暖房器具、床下換気、棟換気があることから、規範蚕室と同じ「一派温暖育法」が採用されていた可能性があるが定かではない。現存する産業遺産として、調査の望まれる建物である。

■参考文献
・農林水産省における蚕糸試験研究の歴史 独立行政法人 農業生物資源研究所 平成16年
・蚕糸技術 第73号 民主主義科学者協会 蚕糸技術研究会 昭和44年
・図説年表/西洋建築の様式 鈴木博之編 彰国社 平成17年

■仲田の森遺産発見プロジェクト
「旧農林省蚕糸試験場日野桑園第一蚕室(愛称:桑ハウス)」の保全・活用を目指して2009年に発足。
ひのアートフェスティバルでの活動:2009年〜2011年
日野にもあった絹産業遺産 桑ハウス見学会:2014年
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