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「JKK東京 落合住宅 NS型住戸」/多摩市

  • 建物雑想記
  • 2022.04.28
多摩ニュータウンは稲城市、多摩市、八王子市、町田市にまたがる日本最大規模のニュータウン開発で、昭和四六年から入居が始まり、現在では人口約22万人が生活する多摩地域における複合拠点になっている。今回は多摩ニュータウンの中心、多摩中央公園(多摩市)の南東に位置する、JKK東京(東京都住宅供給公社)の落合住宅を見てみよう。

ベランダに挟まれた奥まった部分が階段室



■落合三丁目・四丁目
ここは多摩ニュータウンの計画住区の第9住区として開発された。住区は小学校2校と中学校1校の学区の範囲を1住区とし、住区内には店舗や病院、郵便局等の生活に必要な施設も一緒に計画されている。落合住宅は昭和50年から51年にかけて建設された、鉄筋コンクリート造5階建ての低層棟と鉄骨鉄筋コンクリート造11階建ての高層棟の2種類の住棟から成り、28棟、1060戸の住居が供給された。

和室4.5帖 均整の取れた和室、飾り棚の存在が際立っている



取材した住居は5階建の低層棟で、本誌184号で紹介した稲城市の平尾住宅(昭和45年建築、B型住戸)と同様、階段室型となっていた。住棟のエントランスも昇降口の天井高が1.85mと低いところも同じであった。建物の基本的な構成は同じながらも、間取りが2DKから3DKと一部屋増えており、4人家族(夫婦+子供2人)が無理なく、就寝分離の生活ができるよう計画されていた。

■NS型住戸
3DKの間取り(次頁の図参照)ではあるが、DKはそれぞれの部屋と水廻り、玄関への通路を兼ねた場所で、居室というよりもホール的な役割が強い。DKは板の間で、他の3部屋は和室となっている。DKに隣接する北側の和室は、DKと3本溝の襖戸で間仕切られていることから、寝室よりも居間として使うことを想定していたようだ。LDKの走りと言えるだろう。

南側には6帖と4帖半の2部屋の和室がある。部屋間は物入を介して間仕切られた独立した部屋となっている。収納や壁ではなく、襖であれば隣り合う部屋を繋げることもできたが、そのような和室の持つ柔軟性はここにはない。時代のニーズは個室にあり、床が畳敷きなのは、当時はまだ布団で寝ることが一般的だったためだ。個室化した和室ではあるが、床の間的な場所があるところが興味深い。狭いながらも生活を豊かにする要素が組み込まれていたのだ。

多摩センター駅の北西に位置するJKK東京の松が谷住宅(八王子市、昭和51年建築)NN型住戸でも階段室の位置は反転するが、床の間付きの同様の間取りとなっている。しかしながら、昭和55年に建てられた落合三丁目住宅のNS型住戸では、ほぼ同じ間取りながらも、飾り棚は収納に代わり、住宅から装飾的要素が無くなっているのだ。変化としては微々たる内容だが、「質」よりも収納「量」を増やしたいという強い意志を感じる。高度経済成長により生活が豊かになった結果、家電や家具を置く物理的な空間のニーズが高まったためだろう。




和室6帖 押入の下が換気用の地袋、蹴込床には落とし掛けもついている


畳に直に布団を敷く場合は、3帖でも寝室は成り立つのに対し、ベッド等の家具を置いた部屋は4帖半でも狭く感じる。生活の洋風化と共に「広さ」が求められるようになり、そのニーズは現在でも続いている。


通風計画にも注目したい。落合住宅NS型住戸よりも前に建てられた集合住宅では、畳にダニが発生する問題が生じたこともあり、通風面の工夫が施されている。集合住宅では間取りの制約から部屋に窓を2つ確保できないことが多く、戸建て住宅と比べると自然換気に弱点があった。そのため、地袋を通風経路として共有することで、個室間の風通しを促しているのだ(前頁・断面図参照)。また、地袋は他の窓よりも高さが低いことから、窓上下の温度差による換気も期待できた。


このような地窓の利用は多摩平団地のテラスハウス(本誌182号で紹介)でも確認することができる。ローテクを利用した昔ながらの換気手法であった。しかしながら、建具の増加はコストアップにつながるため、 ダニの発生源となっていた畳の芯に藁を使わない化学畳(新建材畳)が登場すると、このような地袋換気は採用されなくなったようだ。

■和室を主体とした住戸の完成形
襖の高さのことを内法と呼び、和室の高さ関係を決める重要な寸法である。落合住宅NS型住戸の内法は1.8mとメートル法で割りの良い数字になっていた。前号で紹介した平尾住宅では1.75m(約5尺8寸)と尺貫法の基準で造られていたことから、高さ関係の合理化があったことがわかる。住宅供給公社20年史を見ると落合住宅の建設される少し前(昭和48年)に、外部建具の仕様が木製建具からアルミサッシに変更されている。アルミサッシの採用時に1.8mに整えたと考えられる。ちなみに現在でも住宅用のアルミサッシは1.8mが一つの基準となっている。




DKから和室を見る:鴨居の線(内法1.8m)が住居全体で統一されている。


内法が1.8mになることは、室内の高さ関係がすべて1.8mに統一されることと同値である。下り壁の無目(見切り材)の高さ、室内側に露出する鉄筋コンクリートの梁型も内法高さに押さえられていて、セオリー通りの空間ができあがっていた。和室では当たり前のことではあるが、その当たり前のことが大量供給された集合住宅の内装にも引き継がれていたことに、和室の普遍性の高かさを感じ取ることができる。


NS型住戸は寝食分離、就寝分離の実現、採光、通風の確保、さらに生活を楽しむ新たな装飾空間が備え付けてあった。つまり、当時の生活の基本であった和室を中心とした核家族のための住戸として、一つの完成形に到達していたのではないだろうか。


■和室を世界遺産に
日本建築学会では「日本建築和室の世界遺産的価値特別調査委員会」が2016年から2018年に設置され、その後も学会内でのワーキング・グループとして活動が続けられている。なぜ建築学会が「和室」に注目しているのか…、それは、新築の住宅(住戸)における「和室」の採用率が年々低下の傾向にあり、今後、日本の住まいから和室が姿を消してしまうかもしれないという危機感があるからである。

では「和室」とはどのような空間なのか…、ワーキング・グループでは「日本の中で独自に成立し、展開した部屋で、椅子などではなく床に座る『床座』に対応し、畳の敷き詰められた部屋」としている。また、和室では家具がなくても入居したその日から生活を始めることができることから、公営住宅における和室の意義も指摘している。


改めて落合住宅NS型住戸を見ていただきたい。簡素ながらも「和室」を中心に整えられた空間と、洋風のライフスタイルを融合した住まいを見ることができる。ここに生活の場としての「和室」の価値を感じるのは私だけではないだろう。そして、何よりも、その住戸に現在でも住めることが、最大の価値と言えるだろう。


JKK東京に協力いただき、賃貸物件を取材させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

■参考文献
・「東京の住まいとともに」昭和62年 JKK東京
・「和室学」 令和2年 松村秀一・服部峯生 平凡社
・「東京人」448号 令和4年 都市出版