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「多摩に復元された赤煉瓦・がす資料館」 小平市

  • 建物雑想記
  • 2013.10.01

ガス資料館01
「煉瓦建築」と聞くと、ワクワクするような嬉しい気持ちになるのは何故だろうか。


 煉瓦は建築素材として世界で一般的に使われている材料で、積み上げて建物をつくることから、「組積造」と言われている。日本では温暖湿潤な気候から森林資源に恵まれていたため、「組積造」ではなく木材による柱と梁で屋根を支える「架構式構造」で建物が建てられいた。明治に入り欧化政策の一環として「組積造」が建てられるようになった。煉瓦建築は国の施設をはじめ、近代化を象徴する民間企業の建物が、欧米への憧れを持って多く建てられた。しかしながら、大正十二年の関東大震災で大きな被害を受けたことから、煉瓦や石を積み上げる組積造への構造強度に対する規制が強化され、構造主体として煉瓦を用いた建築は建てられなくなってしまう。


 現行の建築基準法でも煉瓦や石をを積んだだけの純粋な組積造の建築は許されておらず、鉄筋、鉄骨またはコンクリートで補強され、構造計算によって安全であることが確かめられたもののみ、建築が認められている。このような状況から大正12年以降、現在に至まで組積造は事実上、造られていない。


 つまり組積造としての煉瓦建築は自ずと大正12年以前の建物となるので、今ではその存在自体が貴重なのである。しかも地震に弱いとされつつも、二度の大震災を乗り越えた、頼もしい存在だ。今回紹介する二棟の煉瓦の建物は東京ガス株式会社の施設としてそれぞれ使われていたが、時代の移り変わりの中でその生涯を終え、小平市に「GAS MUSEM がす資料館」として復元された。前述の建築基準法の規制から、構造自体は共に鉄筋コンクリート造となっているが、外観は煉瓦で復元されているので、以前の建物の雰囲気が再現されている。
ガス資料館02
がす資料館に復元(一部石材等を移築)された二棟のうち、東に正面を向いている円形のドームを持つ建物が「ガス灯館」で、東京ガス本郷出張所として1906(明治39)年に建設され、1967年に復元された。新青梅街道に向かって正面を向いている建物が「くらし館」で、千住工場計量器室として1912(明治45)年に建設され、1977年に復元された。「ガス灯館」と「くらし館」は復元方法が少し違うので、煉瓦造の特徴を加味しながら説明したい。


 「ガス灯館」は元々道路に面した正面のみ煉瓦造で、その他は木造で造られていた。そのため、復元では構造としての煉瓦ではなく、タイルのような装飾材として、煉瓦が使われたと思われる。煉瓦の積みのパターンも建設当初の小口積みから、長手積みに変更している。長手積みでは建物の構造壁にはならいので、構造と縁の切れたデザインと言える。一方、「くらし館」も鉄筋コンクリート造で建てられているが、こちらは元のイギリス積みの意匠を忠実に再現してるので、外観上は組積造と区別がつかない。

 両者の窓の造りからもその違いがはっきりとわかる。組積造は煉瓦を積み上げて建築をつくることから、この最大の難点は窓や入口等の開口部を作ることだった。積み上げる下が空洞になるので、様々な工夫がされている。最も単純な方法が、梁のような横架材(通常石材)を渡して、その上に煉瓦を積み上げる方法だ。
ガス資料館03
しかし、煉瓦壁の加重が上に載るので、この方法では大きな開口部を作ることができない。そこで煉瓦の加重を左右に振り分けて積み上げるアーチが考案され、大開口を作ることができるようになった。アーチでは開口部を大きくすると左右の壁にかかる力が増すので、自ずと壁も厚くなる傾向にある。「くらし館」の壁が窓の両端で柱型のように出ているのは、デザインだけでなく構造上も理にかなっている。

 煉瓦は過去のレトロな素材として捉えがちだが、建築素材として優れた性能がある。まず美観性は言うまでもないかもしれないが、天然の土を原料として焼成してつくることと、一つ一つ人間の手で積み上げる仕事が程よいムラを生み、自然な風合いを醸し出している。石と違い工業製品であることから、大量生産が可能であること。また耐久性があり、建物の生涯を通してほとんどメンテナンスがいらない。これは数少ない関東大震災以前に建てられた煉瓦建築の実例からも実証されている。さらに、解体廃棄時に環境汚染となる物質の発生がなく、丁寧に解体することで再利用も可能である。実際古煉瓦は流通され、市場でも人気が高い。つまり煉瓦は昔からその優れた性能により建築素材として使われてきた材料で、欧米では伝統的な素材として現在でも現役である。

 日本では地震時の弱点から建築構造材とし使われなくなってしまったが、公園のトイレ等、規模の小さい建物であれば、構造的な弱点も押さえられるので、煉瓦の持つ特性を引き出すことが可能だと思われる。煉瓦を積む手仕事によるコスト増も、維持管理や環境負荷の少ない素材として建築のライフサイクルコストまで勘案したならば、決して高い建築にはならないはずである。今の時代だからこそ、煉瓦の魅力を再認識したいものである。

 現在では築50年を経た建物が文化財の候補になる時代で、これは建てては壊すことを繰り返してきた結果に対する危機感から、建築の歴史や文化への意識が高まったことによる。そのような時代なので、歴史的建造物を再生して利活用するケースは珍しいことではない。今回紹介した二棟が復元された時期は、建てることに邁進していた高度経済成長期で、この状況の中で煉瓦造の貴重性、そして文化財としての価値を逸早く考慮し、企業努力で資料館として復元したことは特筆に値する。1990年に共に東京都の歴史的建造物に指定されているので、文化財の制度の方が後を追いかけていると言っても過言ではない。

 がす資料館は建物の見学はもちろんのこと、私たちの生活とガスの歴史がわかりやすく展示してあり、今では体験できない実際のガス灯の光も見ることができる場所として、一度は訪れたい資料館である。

【参考文献】
■明治 石炭まみれの聖堂 小寺次郎 がす資料館

■明治 祝典の館 小寺次郎 がす資料館
■日本煉瓦史の研究 水野信太郎 法政大学出版局