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「回廊のある修道院」 旧東京黙想の家 練馬区 

  • 建物雑想記
  • 2012.05.01
旧東京黙想の家 塔

2011年の秋のことになるが、レトロカメラマンこと伊藤氏から、上石神井の修道院が解体されるので記録写真を撮りに行くとの連絡があった。急な話だったが、この日を逃す訳にはいけないと思い日程を調整して同行することにした。修道院をグーグルマップの航空写真で俯瞰すると、住宅街に樹木で囲われた一帯があり、その中に回廊と中庭で繋がった建物が見受けられた。ここが修道院であることが直感的にわかった。周囲の緑と一体となった庭園も綺麗に整備され、修道院は上空から見ても美しく、別世界がそこにあるような気がした。建物はイエズス会無原罪聖母修道院東京黙想の家で、1935年(昭和10年)に女子跣足カルメル会の修道院として建築され、1959年(昭和34年)からイエズス会の「黙想の家」として利用されていたものだ。聖堂、集会室、個室、回廊、庭園などの西洋の修道院建築の要素から構成される複合的な建築で、祈りという目的に特化した宗教空間を形成していることから、日本建築学会からの保存の要望が出ていたが、やむなく解体となった。
旧東京黙想の家 配置 
このコラムでも今まで何回か解体前の洋館を紹介したことがある。また、取材した建物の中には、その後、老朽化等の事情で解体の話が持ち上がっている建物もある。可能な限り長く使い続けてほしいと思うが、取材対象の洋館建築は戦前に建てられたものが多く、築年数で言えば70年を超える建築ばかりである。日常の使用にも何かと不具合や手間がかかるだけでなく、昨今の耐震性への対応まで加味すると、解体という選択肢が出ることもやむを得ないであろう。そのような時に、いかに建物の最期を迎えるか、またそのような状況をいかにバックアップできるのかが問われる時期になっている。黙想の家は解体の前に訪れる事ができたので、このような素晴らしい建物があったことを記録に採ることで、建築の存在を形に残すお手伝いが微力ながらできたのではないかと思っている。

日本建築学会から黙想の家の見解が出ているので、建築史的観点から見た三つの価値を紹介したい。一つ目は「祈りという目的のために形成された建築複合体」としての価値。二つ目は「建築にみられる意匠的・技術的な工夫」。三つ目はチェコ人建築家J.J.スワガーの作品としての価値である。
旧東京黙想の家 回廊
上記の見解を踏まえた上で私なりの考察を進めたい。回廊に囲まれた閉鎖的な中庭の構成は、西洋の修道院建築の構成を日本で再現した貴重な事例とのことだが、西洋の修道院建築では中庭を囲う回廊の外側に個室が配置されるケースが多く、回廊は中庭と一体となった空間となる。しかしながら、黙想の家では中庭を囲うように「コ」の字型に個室が配置されているので回廊を歩いていても中庭を意識する場面は少なく、せっかくの中庭が活かされていない。何故中庭を個室で囲ってしまったのか……調べてみると、中庭の東側の個室は後の増築で部屋を設けたことが、天井点検口からのアーチの痕跡でわかった。グーグルマップの航空写真からもこの部分の屋根が増築されていることが確認できる。建設当初は北と南に配置された2棟の間を回廊で繋いでいたと思われる。そして回廊には中庭に対して開放されたアーチが連続して設けられており、外部に対して閉鎖的ながらも、中庭と一体となった正に西洋の修道院建築の回廊空間がここにあったとことが想像できる。

二つ目の「建築にみられる意匠的・技術的な工夫」については、まず使われている寸法体系が尺貫法とメートル法の2種類あることがわかった。中庭の回廊部はメートル法で、集会室等の棟は尺寸で建てられていた。この2つの棟は平行ではなく、斜めに接していることからも、違う手によって建てられたか、建った時代が違うと思われる。

次に回廊部分に配置された個室を詳しく見てみたい。個室は平面形が3m×3mの正方形で、天井の高さも3mの立方体の空間であった。この均整の取れた空間に何か意味があるのではと思って文献を当たったが、残念ながらその訳は解らなかった。床は無垢の松板、壁と天井は漆喰で、廻り縁と巾木に簡素な装飾が施されている。京間の4帖半と同等の広さだが、ベッドと机、椅子が置かれているので狭く感じる。それでも、漆喰で囲まれた室内は白く清潔感があり、一人で祈る空間としては申し分ない場所になっていた。窓は外側に対の縦長窓、ドアの上には中軸回転の欄間窓、さらに回廊に面して、床から20cm程の高さに、換気用の無双窓が設けてあった。無双窓は日本の町屋でよく使われる窓で、他の部分は洋風要素で造られているのに、ここだけ和の窓を採用しているのが面白い。
旧東京黙想の家 個室
西洋の修道院では、個室は回廊に面しているものの、回廊からの物音が個室に入らないよう、また、静寂な空間を確保するために、前室を設けるなどの工夫が見られるが、黙想の家では湿度の高い東京の夏を快適に過ごすための工夫であろうか、静寂よりも換気と通風を優先した造りになっていた。床の高さも地面から約70cm(一般的な住宅は50cm程度)と床下をたっぷりと確保し、ここでも換気と湿気対策は万全だ。さらに、個室の配置にも工夫がある。西洋の修道院では個室が回廊の外側に配置されていることは既に延べたが、方位よりも中庭との位置を重要視しているのに対し、黙想の家では個室の大半が南に面して設置されており、中庭との関連性よりも方位を優先して計画されていたことがわかる。西洋で培われた修道院建築の形を踏襲しつつ、東京の気候風土に最適化した祈りの空間を追求していたところが興味深い。
旧東京黙想の家 中庭
東京黙想の家は現在建替え中だが、初代黙想の家の建築的な魅力を受け継ぎ、80年後の建替えが惜しまれるような建築ができあがることを願っている。

【参考文献】
「イエズス会無原罪聖母修道院東京黙想の家」の見解 日本建築学会関東支部 山崎鯛介