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「多摩の様式建築」 八王子元本郷浄水所 八王子市

  • 建物雑想記
  • 2006.08.05
建物雑想記 元八王子浄水所
元本郷城取水所

元本郷城取水所
これほどの良質な近代建築が多摩にあったとは、しかもこんなにひっそりと建っていたなんて……。

何を大げさな事を言っているのだと読者の皆さんに怒られてしまうかもしれないが、多摩に現存するいわゆる様式建築は一橋大学以外に知らなかったので、元本郷浄水所との出会いは素直に感動してしまったのだ。
今まで多くの近代建築をレトロカメラマン伊藤氏と共に見てきたが、和風ではないデザインとしての洋風要素を持つ建物が主だったと思うので、今回は元本郷浄水所の魅力を探りつつ、様式建築の楽しみ方を紹介したい。

西欧の様式建築の流れは、ギリシア建築にそのルーツがある。ギリシア時代に柱(柱身)、その足元の基壇、そして柱頭部分を装飾する構成原理(オーダー)が出来上がり、その後、ギリシアオーダーの影響を受けながら時代と共に様々な様式が生まれた。基本となるギリシアオーダーにはドリス式、イオニア式、コリント式の3種類あり、様式建築はこれらのオーダーの組み合わせや、その変形が柱に組み込まれることが多い。
それぞれの特徴を簡単に述べるならば、ドリス式はシンプルで装飾が少なく、イオニア式は柱頭に渦巻き形があり、そしてコリント式にはアカンサスの葉をモチーフにした柱頭が付く。この3つの特徴を覚えておくと様式建築の見学が断然楽しくなるので、図を見ながら違いを確認していただきたい。
日本に本格的な西欧様式建築が入ってくるのは明治以降だが、そのころのヨーロッパは様式建築の過渡期にあり、新しい様式への模索と過去の様式の復興(リバイバル)の時代でもあった。19世紀末には様式を否定する動きも出はじめ、1920年以降は鉄とガラス、コンクリートを駆使したモダニズム建築が主流になっていく。
建物雑想記 柱のオーダー

日本では明治から学び始めた西欧様式建築の蓄積が20世紀に入るとようやく開花し始め、関東大震災の復興を期に歴史様式建築の熟成期を迎える。そして様式の簡略化を経てモダニズム建築へと駆け足で変遷して行くのである。

多摩地域での様式建築では1927年(昭和2年)に竣工した一橋大学兼松講堂がロマネスク様式として有名である。ロマネスクは11〜12世紀の建築様式だが、大学の起源が中世のヨーロッパの修道院にあることから、あえてその時代の様式が選ばれている。

さて元本郷浄水所に話をもどそう、この建物も1929年(昭和4年)の竣工なので兼松講堂と同じ時期の建物だが、様式の簡略化が顕著に表れている。基壇、柱身、そして柱頭というギリシアオーダーの基本構成を意識しているものの、全体的に直線的で、特に柱頭の装飾が幾何学的な模様となって、独自のデザイン法則でまとめられている。正面入口の半円形のアーチは、デザイン要素としてはロマネスク様式をモチーフにしていると思われるが、ここもシンプルな線であっさり仕上げている。
アーチも様式建築の重要な構成要素なので覚えておきたい項目だ。半円のアーチはロマネスク様式、先端の尖っているアーチは主にゴシック様式の特徴と大別される。
浄水所の横に建つ倉庫は、規模こそは小さいが、ここも見逃せないデザインで構成されている。左右対称の柱によって支えられた切妻屋根の部分をペディメントと言うが、このような形はギリシアの神殿建築がその原型と考えられている。装飾を排除したシンプルな形ながらも、デザインの原型を彷彿させる力強さがあり、浄水所の護衛のように凛々しく建っている。

浄水所施設のようにそれまでの日本に無かった公共の建物は、近代化の象徴として様式建築で建てられることが多かった。新しい技術には今までにない新しいデザインという時代の意気込みを感じ取ることができる。
建物雑想記 ペディメント
様式建築のデザインの特徴として柱とアーチを紹介したが、これだけ知っているだけで建物に対する見方が変わってくるはずである。街中で様式建築を見かけた時は是非建物に近寄って、柱とアーチの分類に挑戦していただきたい。一筋縄ではいかないことも多いかもしれないが、建物と対話するのもまた一興である。