新着情報

現代和室考/間取りの中の「和室」あり方を探る

  • コラム
  • 2006.12.01
■ はじめに

住宅の中での「和室」位置づけは年々低下しているように思われる。
市街地における一般的な間取りの中から、「和室」について整理してみたい。

・そもそも「和室」とは一体どういう部屋のことを言うのだろうか?

・今までの「和室」はどこがいけないのか?

・どのような「和室」が求められているのか?

※この考察は酒井哲が神楽坂建築塾2004年度修了論文としてまとめたものを加筆しました。

 

【1】「和室」とは
 まず、考察を進めるにあたって「和室」という言葉の意味を整理してみたい。一般論としての定義を理解するために建築大辞典と大辞林を調べてみた。

■建築大辞典
「木造を基調に、畳、紙障子、襖、床の間などの伝統的な手法が用いられている部屋の総称。住宅では洋室に対比して用いられている」。ちなみに「洋室」とは「住宅における椅子式を基本した意匠を施した部屋」と出ている。

■大辞林
「日本風の部屋。日本間。洋室に対する部屋」。ちなみに「日本間」とは「伝統的な日本風家屋の様式に基づいてつくられた部屋。ふつう、壁は塗壁(ぬりかべ)、床は畳あるいは板敷で、建具は障子・襖(ふすま)を入れ、椅子を用いず、床の上に座る。和室。洋間に対する部屋。」

雰囲気的には理解できているのだが、決め手となる空間的要素を絞るのはなかなか難しい。住宅における「和室」は畳が敷いてあっても、それ以外の要素で洋室との違いと言えば障子や襖といった建具がある程度で、格式のある伝統的な手法は少ないのが現状だ。特にマンションやハウスメーカーの住宅では化粧柱や長押などの木部も無くなってきている。

ここでは「住宅では洋室に対比して用いられている」という一文にも着目して唯一残っている日本的要素としての「畳」に焦点を絞って「和室」の話を進めたい。「洋室」の部屋が増えていく過程で椅子座を基本としない部屋、つまり畳の敷かれた部屋が「和室」と呼ばれていると解釈することも可能だろう。

 

【2】「畳敷きの部屋」と「和室」
 住宅の中に「和室」という部屋名が一般化するのは、戦後以降と捉えることができるだろう。それまでの日本の住宅は様々な住宅改良運動があったにも関わらず庶民生活に浸透するほど普及しておらず、畳敷きの部屋で寝食が行われることが多かった。洋室を持つ住宅ももちろん存在したが、そのような住宅でも応接間などの非日常的な部屋として使われ、生活の中心は畳敷きの部屋にあったようだ。

戦前の住宅の平面図を見ると、「和室」という部屋名で表記するよりも、「茶の間」、「座敷」、「n帖(nは畳の数を示す)」などの部屋の用途や広さによる呼称が一般的であった。つまり当時は畳敷きの部屋が当たり前だったので、あえて「和室」と言う呼び方をする必要がなかったと言えよう。

混乱を避けるために、ここでは現在の一般的な住宅で畳の敷いてある部屋を「和室」と呼び、戦前までの畳の敷いてある部屋を「畳敷きの部屋」と呼ぶことにして、区別して話を進めたい。


kamakura20「畳敷きの部屋」→ 続き間


戦後の都市部の住宅不足を解消するために1950年代前半に住宅金融公庫法、公営住宅法、日本住宅公団法が制定され、「公営、公団、公庫」という戦後の住宅政策の三本柱が確立する。公営住宅は国家補助による低家賃住宅を、住宅金融公庫は中流以上の持ち家政策として、そして日本住宅公団は両者の中間層の勤労者のための住宅供給を目的としていた。
またこの時期に集合住宅の間取りを決める大きな変化があった。「食寝分離」、「就寝分離」という明確なコンセプトに基づいた、公営住宅標準設計の51C型が提案されたのである。51C型によりDK(台所と椅子座の食堂が合体した、ダイニングキッチン)という部屋が生まれ、DKと2つの個室を持つ間取りは2DKと称された。日本の住宅における「nDK」(nは個室の数を示す)というスタイルがここに誕生した。
当初の2DKは椅子座のDKであったが、他の二部屋は畳敷きの部屋であった。ここからも戦後も暫くの間は生活の基本は椅子座ではなく、畳座であったことがわかる。
ではいつ頃から「和室」という呼び方が一般的になったのだろうか。ここら辺は定かではないが、高度経済成長を経て生活の基本が畳座から椅子座に移り、畳敷きの部屋よりも洋間が増えることで一般化したと考えられる。

 

【3】部屋の個室化
現代和室考 間取り図
 戦前の間取りを改めて見ると、「畳敷きの部屋」は一部屋だけ独立して造られることはほとんどなく、襖や紙障子で隣接する「畳敷きの部屋」と仕切られていることが多かった。このような間取りを「続き間」と呼ぶが、建具を開けることで隣り合う部屋への広がりがあった。建具を取り外すと、大広間にすることも可能で、使い勝手に応じて部屋の広さが調整できた。
住宅における「続き間」は、武家住宅の間取りの流れを次いでいるので、単に二間続きの部屋という訳ではなく、床の間と違い棚(さらに書院が付くこともある)のある「座敷」と呼ばれる部屋と、その「前室」にとなる畳敷きの部屋から構成されることが多かった。
建築当初は洋間の応接間と同様に接客空間としての格式の高い間取りとして造られたが、生活改良運動のなかで続き間的な間取りは、接客本位的な封建色の残った間取りと批判されるようになる。次第に「前室」の茶の間化のように家族本位な使い勝手に変化し、洋風化の中で続き間は減少していった。もっともこのような間取りの住宅を持てるのは中流以上の社会層の人で、庶民は木造の賃貸住宅に住んでいたようである。

公営住宅51-C型(1951年)の2DKには「寝食分離」、「就寝分離」という2つのコンセプトがあったことは既にのべたが、「寝食分離」は食べる場所と寝る場所の区別、「就寝分離」は生活する場所と寝る場所を区別することを目標とした。
それまでの住宅(特に戦中の住宅は、面積制限もあり最小限の床面積での生活が強いられていた)では畳敷きの部屋での生活は部屋ごとに用途が分けられていた訳ではなく、一つの部屋で様々な行為を行うことが一般的だった。したがって、同じ畳敷きの部屋であっても51-C型の方がより個室的な部屋、つまり生活行為ごとの部屋としての位置づけが与えられたと言える。
nDKで表記される間取りは、「和室」どうしが隣り合っていても、一間巾の建具で繋がっている例が多く、出入りこそは可能なものの隣接する部屋を一部屋として使うには無理があった。明らかに個室を前提にした部屋造りが行われている。

「和室」は「畳敷きの部屋」が個室化した部屋と捉えることができる。

 

【4】座位による視点の違い
現代和室考 断面図
住宅の中で最初に椅子座が取り入れられたのは食堂である。一般的に普及するのはやはり戦後の51-C型以降で、DKという台所と食堂が合体した部屋にテーブルと椅子が置かれた。それ以前は「畳敷きの部屋」にチャブ台を置いて食事をしていた。さらに明治以前は畳の上に平善を置いて食事をしていたということなので、日本人の食卓はここ100年でかなり変化したようだ。

椅子座と畳座は単に生活様式の違いだけでなく、家の造りにも変化を及ぼした。椅子座を基本とした部屋は床が畳敷きから板敷きとなった。DKは元々板敷きだったところに食堂を組み込んだのですんなり椅子座になったのに対し、居間や寝室が板敷き(フローリングとも言う)に変わるのは高度経済成長期に入ってからである。
床がフローリングになった部屋は、窓の高さも椅子座に適した高さに変化した。51-C型時代の「和室」は、畳座の生活に合わせて窓の高さが400mm程度に開口されていたのに対し、洋間の部屋が主流になる高度経済成長期後は「和室」であっても床から900mm程の高さの腰窓が開口されるようになっていく。
ここで注目したいのは畳座と椅子座では座ったときの視点の位置が違うというところだ。900mmの高さの窓では床に座っても視界に入るのは壁であり、開放感どころか圧迫感を受ける。畳が敷いてあれば直に床に座りたいところだが、このような腰窓が開口された「和室」は座り心地が悪く、畳敷きではあるものの椅子座向きの部屋となっていたのである。
このような「和室」はカーペットなどが敷かれて洋室化するか、寝るだけの部屋として用途が限定されるか、さらには居室ではなく納戸として使われてしまうケースも出てくる。これは生活スタイルよりも間取り(平面計画)が先行した家造りの弊害と言えるだろう。

「和室」は必ずしも畳座の生活を前提としなくなったと判断できる。

「和室」は建築大辞典にもあるように木造を基調にした部屋であることが多く、大壁の部屋に比べると材料費や大工手間がかさむ。その費用対効果が薄れた使われ方しかしないとなれば、あえて造らないという選択にも納得がいく。

 

【5】「和室」と家具
「畳敷きの部屋」では畳座の生活が基本で、部屋の中に固定的に置かれる家具は少なかった。この理由としては畳座の生活様式自体があまり家具を必要としていなかった(もちろんチャブ台などの家具は存在したが、使用目的に応じて動かすことができた)ことや、「畳敷きの部屋」が続き間であることが多く、建具で仕切られているために壁が少ないことなどが挙げられる。
公団住宅の初期(昭和30年代)の2DKでも、入居当時は二部屋ある「和室」で畳座の生活をしていたので、狭いながらもすっきりと暮らしていたと思われる。前項でも述べたが、当時の「和室」は座の空間としてちゃんと設計されていたので、起居様式を変えなければ快適に生活できた。その後、ライフスタイルが洋風化するにつれて、ソファーやベッドなどの生活行為ごとの固定家具が増え、家具に埋もれた生活へと変化していく。
住宅が物理的に狭かったこともあるが、「畳敷きの部屋」に比べて「和室」は個室化した部屋であるために、壁が多く家具を置くことに対する抵抗感が少なかったことや当時の住宅は押入(収納)が小さかったことも無視できない。
そもそも6帖や4.5帖といった部屋の広さは、「畳敷きの部屋」としても決して広いとは言えない部屋なのに、そこに固定家具が入ってきたら家具に占拠されたような部屋になってしまうだろう。洋室は家具を置くことが前提の部屋なので、家具が増えてもある程度は我慢できるのに対して、「和室」はそれを前提としていないので、「和室」+固定家具=居心地の悪い部屋→納戸化とう悪循環ができあがる。
また家具だけでなく、高度経済成長期を経た日本は生活の中に電化製品を始め様々なモノであふれるようになっていく。最近収納率という言葉を聞くことがあるが、これは床面積に対する収納の割合を指す。現在の生活には最低10%の収納面積が必要とされているが、一昔前の住宅は収納率が数%しかなく、所有物の多い現在の生活には収納面積が足りない。十分な収納スペースが確保されてない住宅は住宅自体が納戸化していく。

固定家具が置かれると「和室」が納戸化していく。

 

【6】高齢化社会と「和室」
 住宅における「和室」の状況について述べてきたが、今後はどうなるのであろうか。来るべき高齢化社会との関係を踏まえつつ展望してみたい。
2030年には65歳以上の高齢者が全人口の1/3を占めるとの統計学的な予想もあり、高齢者が在宅で元気に暮らせるような住宅造りが目下進行中である。そこでのスローガンは「バリアフリー」と「ユニバーサルデザイン」である。この二つの目標を達成するには家の中から段差をなくして、椅子座基本の生活空間の確保が先決であると言われている。
「バリアフリー」は生活の中で障害となる要素を取り除くことを指すが、ここで槍玉に上がっているのは、「玄関」と「和室」の入口にある段差だ。確かに玄関土間や和室と廊下との段差、畳座での生活が高齢者にとって住みづらいということは理解できる。しかしながら「和室」←→「洋室」という構図ができあがってしまっているために、生活しづらい「和室」はなくして「洋室」にすべきだという短絡的な意見が主流となっている。住宅の中の段差は日本の風土や生活風習の中で生じたモノあり、物理的なレベル差だけでなく精神的な意味合いも含まれているはずである。居住者の身体能力を踏まえた上で、総合判断で対処しても遅くないと思われる。また、尺貫法による設計が住宅の廊下を狭くしているとの批判も挙がっており、メーターモジュールを推奨しているが、これに関しては論点がずれているような気がしてならない。
「ユニバーサルデザイン」は、年齢、能力、障害の有無などによって区別することなく、誰にでも使いやすいデザインを設計の段階から目指した生活環境づくりのことである。「誰にでも使いやすい」という考え方は福祉の世界では非常に重要であると思われるが、慎重にデザインを検討しないと「インターナショナルデザイン」へと発展する可能性がある。特に全人口の1/3が高齢者になるのなら、地域性を加味した「ローカルデザイン」の方向付けも重要だと思われる。
生活の洋風化、高齢化社会の到来、どちらをとっても「和室」の未来は暗い。しかしながら、畳の上でくつろぐ行為や床の上に地べたに座ることが否定されている訳ではないと思う。この際、戦後に普及してしまった居心地の悪い「和室」は住宅の中から追放することにして、その代わりに「畳敷きの部屋」のエッセンスを再び住宅の中に戻してはどうだろうか。


【7】これからの「和室」
現代和室考 模式図
 「畳敷きの部屋」のエッセンス。高度経済成長期に普及した「和室」に欠けてしまった要素を整理することで、今の時代にあった畳敷きの部屋もしくは空間を住宅の中に取り入れることができるのではないだろうか。

・[a]畳の上に座った時に快適な空間
畳座の視点での開口部、造作。適度な通風・採光の確保。

[b]隣接する部屋への繋がり(平面系)
間仕切り装置を多用して空間自体を開閉できるように工夫。個室化は避けたい。

[c]椅子座の空間との繋がり(断面系)
畳座と椅子座の要素を同一空間で作る場合は、座ったときの視点の違和感がないように配慮。両者を離して配置、もしくは床のレベル差(畳の間を「小上がり」とする)を設け、視点の差違を調整したい。フローリングと「小上がり」の段差は18cmから30cm程度が良いと思われるが6cmでも効果がある。ただし、つまづかないようにフローリングと小上がり敷居の素材(色調)は変え、視認性を高めたい。

[d]十分な収納
多目的な機能を持たせるには十分な収納を確保して、
いつでもすっきりとした生活空間を確保できるように工夫。

[e]装飾性のある空間
洋間が大半を占める中で「和」の美意識が楽しめる空間となるように工夫。
どんなに狭くても「床の間」的な空間を設えたい。
さらに、内法や化粧材の構成比にも気を配りたい。

・[f]従来の和室の機能を確保
和室の多目的性の最大の利点は布団を敷くことで寝室となることである
この客間の宿泊機能も確保したい。

[g] 特定用途の個室
上記の項目とは全く逆の発想もありうる。洋室と同じように個室化する場合は、
「茶室」や「書斎」などの特定の趣味の部屋とし、その行為が快適に行われるように造作を設えたい。

・実例[a、c、d、e、f]
左は床高30cmの小上がりの4.5帖の畳のコーナー、右は床高10cmの小上がりの3帖の和室
共に床の材料と小上がりの敷居の材料を変え、見た目でも段差があることを視認できる。

現代和室考


【8】参考文献


・『「間取り」で楽しむ住宅読本』 内田青蔵 光文社新書
・『「しきり」の文化論』 柏木博 講談社現代新書
・『「住宅」という考え方』 松村秀一 東京大学出版会
・『「MADORI」日本人とすまい6』 リビングデザインセンター編
・『図説・近代日本住宅史』 内田青蔵+大川三雄+藤谷陽悦 鹿島出版会
・『コンパクト建築設計資料集成<住居>』 日本建築学会編