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「洋館へと進化した文化住宅」 国立市

  • 建物雑想記
  • 2017.08.16

国立駅から大学通りを歩くこと数分、店舗ビルが連なる街並の間に洋風な門扉があります。通りに面した間口はわずか二間程なので、気を付けていないと見過ごしてしまいそうな場所です。足を止めて、門扉の奥を伺ってみると、緑あふれるアプローチの先にひっそりと白い洋館らしき建物が建っていますが、樹々に囲まれているので、全容がわからないのです。門扉には「ル・ヴァン・ド・ヴェール」の看板とメニュースタンドがあり、ここがフランス料理店であることがわかります。どのような洋館が建っているのか気になりますが、フランス料理のコースとなると……、なかなかその機会をつくれずにいました。取材を通して、ようやく洋館を拝見することができました。この建物は昭和2年に野島新之丞(戦艦・赤城 艦長)の邸宅として建てられた文化住宅で、その後、日本基督教団国立教会の集会所として活用されました。昭和41年にフランス料理店へと改装され、現在に至ります。
ルヴァンドヴェール0
石張りの門扉を潜り、新緑に誘われて奥に進むと、予想通りの白亜の洋館が佇んでいました。エントランスアプローチの間口が狭いことは既にお伝えしましたが、敷地の両脇にはファーストフードチェーン店が入るビルが建っています。ややもすれば裏通りのようなイメージになってもおかしくない場所ですが、通路の手入れの行き届いた緑が、期待感あふれるアプローチとなり、洋館を引き立てていました。「ル・ヴァン・ド・ヴェール」とはフランス語で「緑の風」を意味するとのことです。この建物が建った昭和初期は、周囲に建物が少なかったので、緑の中に建物が点在している状態でした(当時は都心の住環境が悪化したことにより、環境の良い多摩に別宅を建築する人が増えていました)。高度経済成長期には大学通りの開発も進み、周辺環境が悪化する中で、再び「緑の風」を感じる場所を、洋館を引き継いだ鈴木昭一氏が育て上げたのでした。隣地境界を共有することで、通常フェンスが建てられるスペースに緑地帯を確保しています。低木と高木をバランスよく配置し、両脇の建物の圧迫感を感じさせないアプローチをつくると共に、逆にファーストフードチェーン店の窓からは、アプローチの緑は坪庭的な存在となっています。
ルヴァンドヴェール0
前置きが長くなりましたが、ようやく洋館の玄関までたどり着いたので、改めて外観を見ていだきたいと思います。住まいからフランス料理店へと用途が変わっているので、間取りは大きく変更されていますが、外観は当初の姿からほとんど変えていないそうです。一階の屋根は和瓦で葺かれているものの、破風板の端部を水平に切り、少し内側に湾曲した細工を施すことで洋風の外観をつくり出しています。些細なポイントですが、破風板は屋根の見えがかり上の重要な要素で、和風の屋根と洋風の屋根を区別する大きな違いとなっているのです。窓等の劣化しやすい部分は、当初の洋館のイメージを踏襲して、より洋館としての完成度を高めた修繕が行われています。軒の妻飾りや換気グリルのように当初のまま部材ももちろんあります。換気グリルのデザインは他に例の無いオリジナルなもので、アールデコの影響を受けていると言えます。


エントランスから中に入ると、二階へと上がる直通階段が視界に入ってきます。住宅時代の階段をアレンジしたもので、ここは当時の間取りを現在に引き継いでいる部分です。二階には飲食スペースはないので、お客様が上がる事はありませんが、上へと繫がる期待感が高まります。窓にも注目したいところです。当初は住宅だったので和室もあり、当然引き違いの建具が使われていたと想像できますが、改装時に洋風な外観に合わせて、窓を木製の縦長窓に作り直しています。改装後五〇年も経っているので、メンテナンスでアルミサッシ変更してもおかしくないところですが、洋風な外観のイメージを損なえないように、木製建具を修理しながら、今でも使われ続けています。
ルヴァンドヴェール1
内装もフランス料理店をオープンする時に改装したものですが、誰もがイメージする上質な洋風レストランの空間が広がっていました。壁は腰の高さまで縦羽目板張りで、その上は「白」一色で統一されたシンプルなインテリアとなっています。単調になりがちな壁面にはさりげなく額が飾ってあり、厳選されたアンティーク家具と共に、適度に空間を整えています。「レストランではお客様が主役、内部の設えは控えめなくらいがちょうど良い」という鈴木オーナーの言葉が印象的でした。
ルヴァンドヴェール4
今までレトロカメラマン伊藤氏と共に多摩のあゆみで紹介してきた洋風建築では、知らず知らずのうちにオリジナルの洋風性を追い求めていたような気がします。取材の対象が戦前の建物なので、築後80以上経つことになり、改修も一度や二度は必ず行われていることでしょう。建築当初の姿がどうであったかは確かに重要ですが、その時々のニーズに合わせた改修をどのように行ったかも大切なことです。オリジナルの良さをしっかりと吟味し、その価値をより高めるような改修が行われることが、結果として建物を末永く残すことにも繫がるようです。このことは歴史的建造物の改修で昨今求められている「保存活用計画」を建物所有者自らが構想し、実行することと同じと言えます。「多摩のあゆみ」で紹介した洋風建築でオリジナルを超えて、洋風要素を昇華させた事例は、他に武相荘(茅葺きの古民家の土間にタイルを張って、ソファーの置ける洋間に改装)が挙げられますが、事例としては多くありません。

アジサイの咲き始めた初夏の夕べ、再びル・ヴァン・ド・ヴェールを訪れました。今回は取材ではなく、妻と一緒にフランス料理を楽しみながら洋館の魅力をじっくりと味和いました。ここを訪れる人が、森の中の古い洋館で至福な時間を過ごしたと感じるのは、一連のきめ細かな空間の造り込みと、オーナーの心遣いによるもだということを実感しました。そしてこの感動は、その場所での「行為」つまり「食事」があるからこそ感じることのできる体験なのです。歴史的建造物は活用されることで、その価値が倍増されると、改めて思いました。

【参考文献】
■読売新聞 多摩版 平成3年2月10日
■野島邸新築設計図(計画図) 日本基督教団国立教会所蔵